理事長ブログ

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10302026

「歯が生える薬」のニュースを、元の論文から読んでみる

「歯が生える薬」のニュースは、やはり気になりますね。
歯を失ったところに、もう一度自分の歯ができる。
そんな治療が実現すれば、歯科医療は大きく変わるでしょう。

一方、診療室でこの話題が出たら、見出しの言葉だけでは説明できません。
どのような方を対象に、何を確かめている研究なのか。
高校生や若い先生と一緒に、元の論文や発表を読んでみたいと思います。

最初の論文は、何を調べたのでしょうか

2021年に発表された研究では、USAG-1というたんぱく質の働きを抑える抗体が使われました。
抗体は、特定の物質に結び付くたんぱく質です。
この研究は、遺伝的な原因で歯の形成に異常があるマウスなどを調べ、抗USAG-1抗体によって歯の形成が回復する結果を報告しています。[1]

歯が作られる仕組みに働きかけるという発想には、興味を引かれます。
ただ、論文で調べた動物と、むし歯や歯周病で歯を失った患者様では、歯がない理由が違います。
写真で歯ができているからといって、同じことがその方にも起こるとは説明できません。

論文を読むときは、結論だけでなく、研究の対象を見るところから始めてください。
動物の種類、歯が欠ける原因、処置をした時期を確かめると、実験で答えようとした問いが見えてきます。
専門用語が多くて難しければ、まず図の説明と抄録を読み、分からなかった言葉を調べるところからでよいと思います。

治験は、どこまで進んでいるのか

開発企業のトレジェムバイオファーマは、2026年8月17日、抗体医薬品TRG035の第IIa相試験について、治験計画届に対するPMDAの所定の調査が完了したと発表しています。[2]
PMDAは、医薬品などの審査や安全対策を担う機関です。[3]

この発表で示された試験の対象は、生まれつき多数の歯が形成されない、小児の重症型先天性部分無歯症です。
その後、治験審査委員会の審査などを経て、参加者の組み入れと投与を始める予定とされています。[2]

つまり、この資料から分かるのは、治験を進める手続きの状況です。
人で歯が再生する効果を確認し終えたという報告ではありません。
2026年10月22日に確認したこの発表を根拠に、投与が始まったかどうかや、発売の時期まで言い切ることはできません。

企業の発表には、研究を前へ進める期待が込められています。
その期待も受け止めながら、実際に終わったことと、これから行う予定を読み分けたいですね。
患者様から記事を見せていただいたときも、記事の日付を見てから、元の発表に戻る習慣を付けておくとよいと思います。

次の結果が出たら、ここを読みたい

人を対象にした研究結果が出たとき、私がまず知りたいのは、どのような方が、何人参加したのかという点です。
年齢や病気の条件が分からなければ、目の前の患者様に当てはまるかも考えられません。

そして、何をもって効果があったと判断したのでしょうか。
歯の形成を画像で確認したのか、その後の状態まで追ったのか。
安全性を調べることが主な目的の試験なら、その結果から言えることにも範囲があります。
治験の段階を表す名前だけで、治療として完成に近いと判断しないようにしたいです。

私自身は、歯の形や生える位置、かみ合わせ、長く使えるかどうかにも関心があります。
これは今回の研究で全て分かったという話ではなく、これから知りたいことです。
新しい歯ができたあとに、どのような診療が必要になるのかも気になります。

好ましい結果だけでなく、望ましくない出来事があったか、途中で参加をやめた方がいたか、観察期間はどのくらいかも読みます。
うまくいった例だけを取り出して話すと、患者様には実際以上の期待を持たせてしまいます。
数字を紹介するなら、その数字が誰の、いつまでの結果なのかも一緒に伝えたいですね。

患者様の期待を、診察につなげる

実際の臨床で大切な話をお伝えします。
「この薬が使えるまで、治療を待った方がいいですか。」
もしそう尋ねられたら、まだ無理ですね、とすぐに否定するより、何に期待しているのかを聞いてみるようにしましょう。
患者さんでそのようなニュースにアンテナを張っている方は、素晴らしいことだと思います。
しかし、入れ歯が合わなくて困っているのか、外科的な処置が不安なのか。相談の入り口は、人によって違うでしょう。

その上で、今回の試験は先天的に歯が形成されない方を対象としていること、現在の治療の代わりとして使えると確認されたわけではないことを説明します。
ニュースの解説だけで終えず、今のお口の状態と、選べる治療を一緒に考える時間にしたいです。

将来の研究を楽しみにする気持ちは、私も同じです。
ただ、研究の進展を待つ間にも、痛みや食べにくさで困っている方がいます。
その方に今できる診療を考えることは、これからも変わらないと思います。

若い先生に、新しい話題を遠ざけずに読んでほしいです。
知らない仕組みに出会い、論文を調べるのは面白いものです。
分かったことを自分の言葉で説明し、まだ分からないことはそのまま伝える。
そんな勉強を、私たちも続けていきましょう。


引用・参考文献

[1] Murashima-Suginami A, et al..Anti-USAG-1 therapy for tooth regeneration through enhanced BMP signaling.2021.Sci Adv. 7(7):eabf1798. PMID:33579703. 原著抄録を参照。 閲覧日:2026年10月22日。

[2] トレジェムバイオファーマ株式会社.TRG035第IIa相試験に係る治験計画届のPMDA調査完了に関するお知らせ.2026年8月17日.同ページのプレスリリースPDFも確認。 閲覧日:2026年10月22日。

[3] 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構.PMDAとは.年記載なし. 閲覧日:2026年10月22日。