理事長ブログ
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う蝕治療を考える――初期の変化を見逃さず、治療後も歯を守る
むし歯の治療では、きれいに詰める技術が必要です。
ただ、詰め物ができたところで、その患者様のむし歯への対応が終わるわけではありません。
なぜ発症したのか、次の病変を防ぐには何を変えられるのか。ここまで考えることが、歯を長く守る診療だと思います。
今回は、う蝕、つまりむし歯の治療を、日本歯科保存学会のガイドラインと、日本ヘルスケア歯科学会の資料・論文から考えます。
若い先生には、削る技術と一緒に、削る必要があるかを判断する力も身に付けてほしいです。
初期の変化を記録して、進み方を見る
日本歯科保存学会の『う蝕治療ガイドライン第2版』は、歯の表面のエナメル質に生じた初期う蝕に対し、歯を削らずに管理する方法を取り上げています。
永久歯エナメル質の初期う蝕へのフッ化物塗布は、強い推奨とされています。[1]
大事なのは、この対象を取り違えないことです。
初期の病変についての推奨を、深く進んだ病変にそのまま当てはめることはできません。
表面に穴があるか、どこまで及んでいるか、進行していると考えるかを診察し、方針を決めます。
日本ヘルスケア歯科学会の『初期う蝕マネジメントガイド』は、病変の検出、生活環境や口腔内環境の評価、経過観察による活動性の評価を扱う手引きです。[2]
活動性とは、今その病変が進みやすい状態にあるか、という見方です。
ここが重要で前回との比較には、記録が要ります。
歯の場所や病変の範囲を残し、必要な写真や検査所見を比べます。
「しばらく様子を見ましょう」で説明を終えず、レントゲンや口腔内写真で状況を記録して、今回は何を行い、次回はどんな状況になっていたら何をするのか患者様と共有したいですね。
唾液検査の数字だけで決めない
むし歯になりやすさを調べることを、カリエスリスク・アセスメントと呼びます。
検査をして点数を出せば終わり、というものではありません。
日本ヘルスケア歯科学会の2016年の見解では、特定の細菌だけを原因とする考え方を見直し、全身状態、生活、食習慣、口腔内の状態、過去のう蝕、フッ化物の利用、唾液などを、適切な間隔で確認する必要が示されています。[3]
例えば、甘い飲み物を長い時間かけて飲むのは、仕事中に休憩を取りにくいからかもしれません。
歯磨きが難しい背景に、手の動かしにくさや介護の事情があることも考えられます。
これは特定の患者様の話ではありませんが、問診で確かめたい生活の一例です。
「もっと頑張って磨いてください」と伝える前に、いつ、何が難しいのかを聞く。
変えられそうなことを患者様と相談し、次回に続けられたかを確かめる。その話を歯科衛生士とも共有できれば、毎回同じ注意を繰り返すだけの診療から変えていけると思います。
深いう蝕では、歯髄を残せるかを考える
歯髄は、歯の中にある神経や血管を含む組織です。
深いう蝕を治療する際は、歯髄の状態を診断した上で、保存できる可能性を検討します。
日本歯科保存学会と日本歯内療法学会の2024年のガイドラインは、処置で歯髄が露出しそうな深いう蝕に対し、暫間的間接覆髄を推奨しています。[4]
歯髄の近くを一度に取り切らず、保護して封鎖し、段階的に除去する方法です。
すべての深いう蝕に適用できるわけではなく、診断と経過の確認が前提になります。
臨床をスタートしたばかりの先生に覚えてほしいのは、処置名の前に診断があることです。
国家試験では覚えたけど、日常臨床を前に対応を考えるとついつい忘れがちです。
痛みの経過や検査所見を確かめ、保存できると考える理由を説明する。「深いから神経を取る」「新しい材料だから残せる」と、どちらも先に決めないようにしたいですね。
判断に迷う歯は、処置前に指導者と相談してください。
患者様には、残す方針とともに、経過によって追加の治療が必要になる可能性も伝えます。
通院の負担も相談しましょう。
歯を残したいという願いに応えるには、期待だけでなく、「見通し」を誠実に話すことが必要です。ここ大切です。
治療後の記録から、診療を振り返る
日本ヘルスケア歯科学会誌の藤木・千草による研究は、6診療所の子どもの記録を調べています。
6歳と12歳時の記録がある定期管理群1,018人は、12歳時初診群177人に比べ、12歳時の永久歯のう蝕経験歯数が少ない結果でした。[5]
う蝕経験歯数には、未治療の歯だけでなく、むし歯で治療した歯や失った歯も含まれます。
無作為に組を分けた試験ではなく、通院する家庭の背景などの影響も考えられます。
定期管理だけで差が生じたとは言い切れませんし、全員の受診間隔を一律に決める根拠にもできません。
それでも、治療後の経過を記録して振り返る姿勢は、日々の診療で参考にしたいところです。
新しいむし歯ができていないか、初期の病変は進んでいないか、提案したケアを続けられているか。
来院時に確かめる理由がはっきりします。
私は、削らずに管理する判断も、必要な歯をきちんと修復する技術も、両方を大切にしたいです。
患者様の暮らしを聞き、記録を見返し、方針を考え直す。
う蝕治療の力は、こうした地道な診療の中で育っていくのだと思います。
引用・参考文献
[1] 日本歯科保存学会 編.う蝕治療ガイドライン 第2版.2015.初期エナメル質う蝕・CQ1を参照。 閲覧日:2026年10月22日。
[2] 日本ヘルスケア歯科学会.初期う蝕マネジメントガイド(冊子)のご案内.年記載なし.公開された冒頭・目次を参照。冊子全体は未確認。 閲覧日:2026年10月22日。
[3] 日本ヘルスケア歯科学会.「カリエスリスク・アセスメント」についての見解.2016年11月. 閲覧日:2026年10月22日。
[4] 日本歯科保存学会・日本歯内療法学会.歯髄保護の診療ガイドライン.2024.CQ2(本文27–32頁)を参照。 閲覧日:2026年10月22日。
[5] 藤木省三・千草隆治.多施設における6歳から12歳の予防的定期管理による永久歯のう蝕発症予防効果.2021.日本ヘルスケア歯科学会誌. 22(1):52–57. DOI:10.51066/jhcda.22.1_52. 公開本文を参照。 閲覧日:2026年10月22日。