理事長ブログBlog
歯学部生のための「サピエンス全史」のススメ
- 歯学部生向けに、これからの時代を俯瞰するための入門書として素晴らしい書籍なので、ここで紹介します。
1 はじめに──歴史を俯瞰で見ると何が見える?
私たちが毎朝手に取るスマートフォン。その中にはSNS、電子マネー、ニュース、ゲームなど、無数の“小さな世界”が詰まっています。ところが、それを可能にした技術や社会のしくみは、70 万年という長い人類史の最後の0.01 %で一気に生まれたものです。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』は、こうした「目の前の当たり前」を歴史の大河に流し込み、私たちの視野をグッと拡張してくれる本です。
今回は新社会人、歯科医師や歯科医療従事者、歯科関係学生さんでも消化できるように本書を解説します。
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2 本書の基本構造と“四つの革命”
本書は大きく四つのパート──
(1)認知革命(約7万年前)、
(2)農業革命(約1.2万年前)、
(3)人類の統一(過去数千年)、
(4)科学革命(ここ約500年)
──で組み立てられています。ハラリは、この四回の“ジャンプ”が ホモ・サピエンスが地球を席巻した秘密 だと強調します。私たちはサルの仲間にすぎませんが、ジャンプのたびに「物語を共有し、協力範囲を拡大し、環境を作り替える」力を高めてきました。
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3 認知革命──“物語を信じ合うサル”の誕生
約7万年前、言語能力が飛躍し、虚構(フィクション)を語れる ようになったと言われます。たとえば、実在しない“部活の伝統”でもクラス全員が信じれば強い団結が生まれるのと同じです。ハラリは、これを「想像上の秩序」と呼びます。狩りや防衛を少人数でこなしていた旧人類と違い、サピエンスは 数百人~数百万⼈規模で協力できる ようになり、他種との競争に勝ち抜きました。
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4 “虚構”はなぜ強力なのか
虚構と聞くとウソのようですが、学生番号、紙幣、国旗、企業ロゴなど世の中は虚構だらけ。これらを 「それが正しい」とみんなが信じるだけで社会が動く 点が“魔法”なのです。しかも、虚構はアップデート自由。新ルールを掲げれば別世界が築ける──この柔軟性がイヌやネコではなく、サピエンスを頂点に押し上げた決定打でした。
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5 農業革命──便利になった? むしろ“ブラック化”?
次のジャンプは農耕です。
教科書では「文明の始まり」と習いますが、ハラリは「史上最大の詐欺」と断言。
理由は三つ。(1)食料は安定したが栄養が偏り病気が増えた、(2)土地を守るため戦争が常態化、(3)定住で階級と労働が固定化した。要するに 人が小麦を家畜化したのではなく、小麦が人を労働マシンにした のだ、と彼は皮肉ります。
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6 世界をまとめた三つの“共通語”
農耕社会が拡大すると、互いに無関係だった文明が衝突・混血を繰り返し、やがて地球は一つのネットワークに統合されてゆきます。ハラリは、その牽引役を「(1)貨幣、(2)帝国、(3)世界宗教」と分類。
• 貨幣 は価値の翻訳機。銀貨でもSuicaでも、“みんなが信じる”だけでモノと交換できます。
• 帝国 は巨大な管理システム。ローマも秦も、法律とインフラで多様な民族を接続しました。
• 宗教 は心の連帯装置。「同じ神を信じるなら見知らぬ人とも助け合える」というルールで国境を超えました。
この三つが絡み合い、世界は 「友だちの友だちはもう敵ではない」構造 へ向かったのです。
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7 科学革命──“知らない”と認めた瞬間、世界が広がる
中世までの学者は「古典に真理がある」と考えがちでした。ところが 16~17 世紀の欧州で、「自分たちは無知だ。だから実験しよう」というマインドが誕生。
これが 科学革命 です。無知を認め、仮説を立て、検証し直す──このプロセスは今、高校の実験室でも行われていますよね。さらに科学は 資本主義 と手を組みました。「新技術はお金になる」と銀行や投資家が研究を支援した結果、産業革命が爆発的に進行し、エネルギー消費と人口が跳ね上がったのです。
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8 産業革命から現代へ──“無限成長”という新宗教
蒸気機関、電気、インターネット…… 歴史を数百年単位で見ると、技術は指数関数的に加速しています。ハラリは、これを可能にした社会哲学を「進歩主義」と呼びます。「昨日より今日、今日より明日が良くなるはずだ」という信念です。
ただし エネルギーと資源は有限。成長の副作用で気候危機や格差が深刻化している点は、高校の地理・公民でもおなじみでしょう。
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9 医学と寿命──“死”は技術課題?
医学はまさに科学革命の申し子です。ペニシリン、ワクチン、CTやMRI…… 過去100年で平均寿命は倍近く伸びました。ハラリは「医療は死を“技術問題”に変換した」と述べます。つまり「病気は原因を潰せば治るし、老化も遺伝子操作で遅らせられるかもしれない」という発想です。しかし 生命の価値が市場原理で計られたら? 倫理の問題が噴出します。
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10 未来像──ホモ・サピエンスの次は“ホモ・デウス”?
本書の終章はSFのようです。AIとバイオテクノロジーが融合すると、「遺伝子強化で超記憶力を持つ人」や「脳とクラウドを直接つなぐ人」が誕生し、“普通のサピエンス”は取り残される危険がある――要するに 「人間が二種類に分かれる未来」 をハラリは危惧しています。このパートは賛否両論ですが、テクノロジーと倫理を同時に考える訓練としては刺激的です。
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11 よくある批判
1. データが古い/単純化しすぎ
考古学やDNA研究は日進月歩。本書の年代や仮説は今後も更新されます。
2. 西洋中心主義
イスラム・アジア・アフリカの主体性が薄いとの指摘があります。
3. “虚構万能説”は行き過ぎ
文化や偶然、自然環境も重要なのに小さく扱われている、と研究者は批判します。
これらを踏まえて読むと、「歴史は一つの答えではなく、対話の舞台」と理解できるでしょう。
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12 日本社会との接点──“停滞”をどう動かす?
少子高齢化、地方の疲弊、気候変動…… 日本は“次の一手”を探しています。本書は、「社会を支えているのは 実体より共有物語」だと教えてくれます。ならば、「新しい物語」を発明すれば未来も変えられる ということ。たとえば「地域で高齢者と若者が VR を使って学び合うコミュニティ」などは、技術と物語を組み合わせた好例です。
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13 学生生活や新社会人生活に活かす三つの視点
1. 想像力は最強のスキル
部活動でも起業コンテストでも、「未来のストーリー」を描ける人が仲間を集めます。
2. “知らない”と認め、問いを立てる
探究学習のスタートラインは「まだ分からない」と言える勇気。
3. 数字と物語の両立
理系科目で得た計算力と、国語・歴史で鍛えた物語力。二つを行き来できる人が、次の社会で橋渡し役になれます。
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14 歯科医療者としての補足
私は歯科医師ですが、口腔は「食べる・話す・笑う」を支えるインターフェースです。もし 健康寿命を延ばす ことが人類共通の物語なら、歯科医療は欠かせないピースになります。
虫歯や歯周病を予防し、高齢者の咀嚼力を守ることは、社会の生産性と幸福度を底上げする“生体のアップデート”だと感じます。
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15 まとめ──“どの物語を信じるか”は君が選ぶ
『サピエンス全史』は、「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」 を超ロングスパンで問い直す本です。
内容の一部は誇張気味かもしれませんが、「世界を動かすのは“物語を共有する力”」という核心は、学生や新社会人の皆さんにも刺さるはず。
受験、部活、推し活――どんな場面でも、まず 自分が信じたい物語 を描き、周囲と共有するところから未来は動き始めます。
歴史を学ぶとは、暗記ではなく「よりよい物語を選び、更新するリーダーシップ」を鍛えること。ぜひ本書を入り口に、家族や友人と「私たちはどんな社会をつくりたい?」と語り合ってみてください。その対話こそが、次の“認知革命”の種になるかもしれません。